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映画音響/映画音楽研究の基本文献リスト(2):近年の映画音楽研究

ミシェル・シオンに引きつづき、映画音響/映画音楽研究の基本文献リスト第2弾

近年の映画音楽研究

といっても最近の研究の翻訳なんて、極めて稀なのでそもそも「近年の」なんていっても、古典的なものですが。まぁ前回も同じですけど。

カリル・フリン『フェミニズムと映画音楽:ジェンダーノスタルジアユートピア』鈴木圭介訳、平凡社、1994年.

翻訳がきわめて稀ななか、シオンの『映画の音楽』以外に単著が翻訳されている唯一の本がこれ。カリル・フリンCaryl Flinnは、映画音楽研究のなかでフェミニズムを軸に研究をしているひとで、本書は彼女の最初の単著Strains of Utopia. Gender, Nostalgia, and Hollywood Film Music, Princeton. University Press, 1992の翻訳。

個人的にはあまりフェミニズム論とかにあまり関心がないのですけども・・・でも、そもそもアメリカの映画音楽研究自体が、縫合理論とかみたいなイデオロギー暴露を目指そうとする動きのなかで出てきたもので、当然といえば当然。古典のなかの一冊であることに疑う余地はない。うん。クラウディア・ゴーブマンの『聞かれない旋律』(1987)をはじめとしてそれ以前の古典的な研究を取り上げながら論じているので、日本の研究者にとってはこれ自体がちょっとしたブックガイドみたいになるかもしれない。

   

ロイヤル・S・ブラウン「ハーマン/ヒッチコック 不条理の音楽」千葉文夫訳『イメージフォーラム』1985年12月、74-82.

逆に、イデオロギー云々とかいうこと抜きに、作家論とか表現論に関心をむけている古典のひとつがロイヤル・S・ブラウンの本Overtones and Undertones: Reading Film Music(1994)といっていいだろうか。ここに挙げたのは、第6章の抄訳みたいなもの。「みたいなもの」っていう変な言い方をしているのは、翻訳元のテキストは、"Herrmann, Hitchcock, and the Music of the Irrational," Cinema Journal (1982)だから(『イメージフォーラム』が1985年のものなんだから、年代からいって当然1994年の本の翻訳ではない)。

ブラウンの分析手法には批判もなされているけども、1994年の英語の原著はサウンド映画の始まりからヌーヴェルヴァーグまでの音楽を分析していて、おもしろい事例を目配りよく扱っている。各論としてコルンゴルトの『シー・ホーク』(1940)、ロージャ・ミクローシュの『深夜の告白』(1944)、エイゼンシテインプロコフィエフ、『女と男のいる舗道』『気狂いピエロ』論が入っている。

     

アナベル・J・コーエン「映画における感情の源泉としての音楽」(初出2001年)P.N.ジュスリン、J.A.スロボダ編『音楽と感情の心理学』大串健吾、星野悦子、山田真司監訳、誠信書房、2008年。

アナベル・J・コーエンは、数々の実験を通して認知心理学のアプローチで映画音楽と観客の関係を研究をしている第一人者のひとり。そもそも「本書は、音楽と感情の結びつきについての様々な方面からの研究成果を伝える」ものだし、この論文も複数の実験=先行研究を紹介することに主眼があるのではないかと思う。2001年までに行われた実験やここまでに出てきた基本的な枠組みの整理になっていて、個人的には本全体の主題である「感情」とは関係のないところで、とても勉強になりました。

ちなみにニコラス・クックは『音楽マルチメディアの分析』(1998)[この邦訳だと年代が1988年と書かれてるけど]のなかで、1988年にコーエンがマーシャルと共著で書いた論文で書いた「調和‐連合モデル」を「メタファー・モデル」として再解釈してます。この論文でもクックの本は触れられてます。

     

基本的な紹介はこれでおしまい。なんかもっとありそうだけど。どなたかぜひお教えくださいませ。

歴史的な著作

近年の研究の翻訳が少ないので、せっかくだから歴史的なものも。次回もなんだかんだ古典も紹介することになるし。それにしても海外の文献がほぼ同時代的に紹介されていた1930年代っておもしろい時代です。もちろん輸入して翻訳することの意義が現代とちがったわけだけど、現代は却って海外の研究の紹介を積極にすべきじゃないかと思いはします。ま、そんなふうに思って、こんなリストを書いてみたりしてるわけですが。さて・・・

エルノ・ラペー『映画伴奏事典』〔松井翠声『映画音楽全般』春陽堂, 1931 〕

こっから書くのって感じもするけども、サイレント期の伴奏音楽の伴奏指南書つき楽譜事典といった類の本。Ernö Rapée, Encyclopedia of Music for Pictures, Belwin, NY, 1925.  ラペーはサイレント期のアメリカの大映画劇場のスター指揮者って言っていいと思われます。もともとは『キネマ旬報』に翻訳連載されていたもので、そのときはラペエと書かれているんだけど、書籍化したときに訳者で弁士だった松井翠声著作として発表されていて、わかりにくい。マーヴィン・クックの映画音楽の基本文献アンソロジーにも収録されている基本文献。

大傍正規さんがこの翻訳と訳注について論文「日本映画伴奏の改善から前衛へ ――無声映画期の音響実践におけるプログラム・選曲・伴奏の諸機能について 」を書かれてます。

    

セルゲイ・エイゼンシュテインエイゼンシュテイン全集 7 第2部 映画ー芸術と科学 第7巻 モンタージュ』

言わずと知れたエイゼンシュテインの「垂直のモンタージュ」論。エイゼンシュテインプロコフィエフとの協働は有名だけど、本書のなかでエイゼンシュテイン自身が『アレクサンドル・ネフスキー』の一場面について、独特の図(下)をつかって説明していることも比較的有名。なおかつ、 この図をめぐっても、アイスラー/アドルノ以来さまざまな批判・注釈があるし、折に触れて参照されるもの。 

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レオニイド・サバニエフ『トオキイ音楽の理論と実際』掛下恵吉訳、赤塚書房, 1938

原著は1935年。この本もマーヴィン・クックの映画音楽の基本文献アンソロジーにも収録されてます。訳者の掛下慶吉は批評家でもあり、東宝の音楽部部長でもあったひと。1930年代はサイレントからトーキーへと移行した時期ということもあり、この時期は海外の文献の紹介がとても盛んだったわけです。かなり技術的なところから美学的なところまで入っている基本書です。レオニード・サバネーエフは最近『スクリャービン:晩年に明かされた創作秘話』(森松皓子 訳、音楽之友社、2014)も翻訳されてます。

    

クルト・ロンドン『映画音楽の美学と科学 』津川主一訳、楽苑社、1944年.

シオンの『映画の音楽』では英語読みで、カート・ロンドンと表記されてます。原著は1936年。第5篇〔第5部〕はなんと「次の世代の訓練―録音大学の設立」。訳者は日本合唱音楽の父とも呼ばれる牧師・教会音楽家(と同一人物ですよね?)で、映画音楽の作曲もしていたひと。

     

ええと、最後の方は紹介として雑ですが笑 

次回は映画音響研究。