SHIBATAROのブログ

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柴田康太郎のブログ。映画音楽・映画・音楽の研究してます。

映画館資料のデータベースのことなど(1):映画館プログラム

コロナウイルスの蔓延が大変な事態になっていて、今週末はひとまずひきこもり、翻訳をしたり、本を読んだりしているのだけれど、そういうなかで改めてデジタルデータベースの存在意義を強く感じている。映画館における音楽文化を考察するうえで博士論文で重要な手がかりとして扱い(『美学』で一部発表したもの)、そしてその後も調査を続けている映画館プログラムのデータベースが新たに公開されたのを知って、おお!と驚いて、メモしておかなくちゃと思って、さしあたりここのまとめた次第。

戦前の日本における映画文化を考えるための文献としては、これまで書籍、雑誌、新聞が調査されてきたけれど(そしてその分析はまだまだ汲みつくせないほどの可能性を秘めているのだけれど)、近年注目を集めているのが映画館プログラム。

「映画館プログラム」は、映画館週報とも呼ばれる、映画館で発行されていた印刷物のことをいう。戦前の映画館では複数本の映画が上映されていたので、その番組表や作品の概要、広告、さらには観客の感想投稿から批評まで様々な情報が掲載されていた。その掲載内容については映画館や時期によってもかなり異なっている。

映画館プログラムについてはつい先日、近藤和都さんの『映画館と観客のメディア論:戦前期日本の「映画を読む/書く」という経験』(2020)が刊行された。博士論文は以前から読ませてもらって、僕自身の博士論文にとっても重要な刺激をたくさんもらっていたのだけれど、本書もまた、映画館プログラムの形態の多様性や変化から、これを取り巻く文化の面白さまでが鮮やかに示されていて、まったく舌を巻く。

キーワードになっているのは「オフスクリーン」という言葉。映画音楽研究であれば「offscreen」は「画面外(かつ物語世界内)」という意味だけれども、もちろんここではそこまで限定的な意味ではない。映像そのものを見る体験(スクリーンの体験)をとりまく、プログラムや広告などをふくむ映画体験のコンテクストがどのように作られているのか、そしてそれがどのような機能を果たしてきたか、どのような機能を求められてきたのかということ。本書ではこの複数の問題が歴史的かつメディア論的に考察される。今後の映画研究・映画館研究にとって必読書になることは間違いない。ちなみに、この少し前に出版された菅原慶乃先生の『映画館のなかの近代:映画観客の上海史』(2019)もまた、関連するプログラムに関しても書かれていて、本当におもしろい。

 

ちなみに、音楽研究であれば、プログラム研究というのは一定の厚みがある(西洋芸術音楽における「絶対音楽」志向は、それをとりまく演奏会プログラムや楽曲解説などの言語的なメディアの発達とも相補的な関係にあった)。近藤さんの本でも示されているように、映画館プログラムも、音楽のプログラムから影響を受けて生まれたものらしい。芸術体験をとりまくメディアとの関わりによってその芸術体験がどのように構造化されるのかという問題系は映画だけでない興味のつきない問題(といっても、以下のウィリアム・ウェーバーのものなどは、必ずしもそういうテーマが主題なわけではないけれど)。

余談ながら、古い映画館については、藤森照信先生による映画館の建築についての『藤森照信のクラシック映画館』(2019)が刊行されていて、これが素敵な写真ともどもまためっぽう面白い。

映画館プログラムはもともと、映画ファンにとっては収集対象だったりもしたのだけれど、中心的な/大きな映画館以外は現存が限られていて、しかも大きな映画館でも現存は意外と限られているものも少なくない。かつて『プログラム映画史』という本でごく一部が復刻されたりもしていたけれど、近年は昨今の資料公開の波のなかで、すこしずつオンライン公開もなされ、あるいは所蔵情報が公開されるようになっている。で、このメモを作りたかった記事なのだけれど、気づいたのは以下の4種(五十音順)。

 

資料データベースというものは、閲覧するのは簡単ながら、公開作業はものすごい手間暇がかかるので、こういった環境が作られていることは本当にすばらしい。

もっと他にもあるのかもしれないし、関連のデータベースがどこでどう公開されているのかよくわかっていないけれど、こういったかたちで、資料公開が進んでいくと映画研究もまた大きく様変わりしていくにちがいない。

ちなみに、ほかに重要なデジタル公開の拠点は国立映画アーカイブの「NFAJデジタル展示室 NFAJ Digital Gallery」。映画館の写真、映画スチル、映画ポスターが公開されている(それどころか沢村四郎五郎の脚本まで公開されている!!)。

本当は職場であれこれ公開予定のデータベースについても紹介したいところだけど、また追々。