武満徹の映画音楽研究 文献リスト
昔作ったはずの文献リストが消えてしまったので再構築中。スタイルも整えられていないままだけれども、とりいそぎ研究会で示すために公開。
Brophy, Philip.
- 2000 “How Sound Floats on Land: The Suppression & Release of Folk & Indigenous Musics on the Cinematic Terrain,” in Cinesonic: Cinema & the Sound of Music (Sydney: AFTRS Publishing, 2000); (excerpt) in Beyond the Soundtrack:Representing Music in Cinema, ed. Daniel Ira Goldmark, Lawrence Kramer, Richard Leppert (University of California Press, 2007).
- 2005 “ARASHI GA OKA: The Sound of the World Turned Inside-Out,” Jay McRoy ed. Japanese Horror Cinema, Edinburugh University Press, Edinburgh, 2005.
- ※『怪談』や『嵐が丘』については『シネ・ソニック音響的映画100』も参照
長木誠司
Deguchi, Tomoko
- 2010 "Gaze from the Heavens, Ghost from the Past: Symbolic Meanings in Toru Takemitsu’s Music for Akira Kurosawa’s Film, Ran (1985)," Journal of Film Music, 3.1 (December 2010), 51-64.
Doering, James M.
- 2013 "A look at Japanese film music through the lens of Akira Kurosawa"
川崎弘二
Koozin, Timothy
- 2010a "Expressive Meaning and Historical Grounding in the Film Music of Fumio Hayasaka and Toru Takemitsu," Journal of Film Music, 3.1 (December 2010), 5-17.
- 2010b "Parody and Ironic Juxtaposition in Toru Takemitsu’s Music for the Film, Rising Sun (1993)," Journal of Film Music, 3.1 (December 2010), 68-78
- 2016 "Tōru Takemitsu’s Collaborations with Masahiro Shinoda The Music for Pale Flower, Samurai Spy and Ballad of Orin," The Cambridge Companion to Film Music Cambridge Companions to Music, ed. Mervyn Cooke and Fiona Ford (Cambridge University Press).
Koizumi, Kyoko
- 2009 "Creative Soundtrack: Toru Takemitsu's Soundtrack for 'Kwaidan' Terror Tracks Music," Sound and Horror Cinema, ed. Philip Hayward (London: Equinox), 75-87
- 2014 "Toru Takemitsu's Seigenki," Made in Japan Studies in Popular Music. ed. Toru Mitsui (Routledge)
Lee, Lena Pek Hung
Lehrich, Christopher I.
Rutherford, Anne
柴田康太郎
- 2010 「武満徹の映画におけるサウンドデザイン:音楽と効果音の連続性をめぐって」(東京大学大学院人文社会系研究科修士論文)
- 2011 「1970年代以後の武満徹の映画音楽:武満徹における『ひとつのサウンドトラック』 『第61回美学会全国大会 若手研究者フォーラム発表報告集』, 93-104.
- 2013 「1950~60年代の日本映画におけるミュジック・コンクレート:黛敏郎、芥川也寸志、武満徹による音響演出」『美学芸術学研究』(32) pp. 73-103. [PDF]
- 2016 「作曲家・武満徹と録音技師・西崎英雄の協働:小林組の音作り」『映画監督 小林正樹』小笠原清・梶山弘子編(東京:岩波書店), 353-63.
白井史人
田之頭一知
- 2011 「1960年代の武満徹の映画音楽から : 沈黙との関係をめぐって」『芸術 : 大阪芸術大学紀要』(34) 37-47.
- 2012 "Music as Silence, Cinema as Dream: Toru Takemitsu’s View of Film Music," International Symposium on Theories of Art/ Design and Aesthetics (July, 2012), 308-314.
Uno Everett, Yayoi
- 2010 "Infusing Modern Subjectivity into a Premodern Narrative Form: Masahiro Shinoda and Toru Takemitsu’s Collaboration in Double Suicide (1968)," Journal of Film Music, 3.1 (December 2010), 19-36
DVD
『國民の創生』(1915)と『イントレランス』(1916)の音楽メモ
YouTubeなどではサイレント映画も様々なものがアップされている。画質のよいものも悪いものもあるのだけれども、音楽もいろいろ。もちろん映像が基本だということではあるけれど、音楽がちがえば見え方も変わってくるのも事実。そうでありながら、YouTubeなどの動画はおろか市販のDVDやブルーレイの場合でさえ、サイレント映画の音楽についてはぞんざいな扱いが多い(格安DVDの場合でなくとも、である)。
歴史的にいえば、D.W.グリフィスの『國民の創生』や『イントレランス』の音楽を書いた音楽家といえばJohn Carl Breilの名前が有名なのだけれども、YouTubeでもDVDでもいい加減で、彼の名前を書いておきながら音楽はまったく違ったりする。それぞれをしっかり聞き比べているわけではないのだけれど、さしあたり『國民の創生』と『イントレランス』の音楽別動画リストを授業資料用にメモ。
(情報が精査できていないのだけれどもご容赦くださいませ)
とはいえ、個人的にはサイレント映画の音楽や声のおもしろさは、ライブでなければ分からないところがあると思っているので、ぜひ足を運んでもらいたい。関東圏を中心に映画保存協会のウェブサイトに無声映画カレンダーがまとめられている。
『國民の創生』(1915)
この映画は、ロサンゼルスでの封切時にはカール・エルノアが選曲した既成曲による伴奏がなされたが、その後ニューヨークでの公開に際してジョン・カール・ブレイルの音楽が付されたことが知られている。
John Carl Breilによるオリジナルスコア(1915)のジョン・ランチベリー編曲版(1993年)
紀伊国屋書店のDVDがどうにも奇妙なほど音楽と映像がずれていて戸惑っていたら、ランチベリーの編曲版の演奏がついた動画がアップロードされていた。いまとなってはDVDよりもはるかに画質もよい。英Photoplay Productionのテムズ・サイレント・シリーズの1993年を機に演奏されたものかと思うのだが、1997年にポルデノーネでプレミエとの記載もあるので目下詳細不明。ジョン・ランチベリーは、英国出身でバレエ音楽などでも活躍した作曲家・指揮者。演奏はルクセンブルク放送交響楽団。
ちなみに、ブレイルの音楽についてはクライド・アレン指揮のニュージーランド交響楽団によって録音された1985年発売のCDもある。3曲サンプルがYouTubeにある。上のランチベリー版にはアメリカ国家などがアレンジされて冒頭に付されているが、ブレイルの楽譜冒頭曲は↓の曲と思われる。
"Bringing the African to America; The Abolitionists; Austin Stoneman: Elsie Stoneman"
The Mont Alto Motion Picture Orchestra
Mont alto motion picture orchestraは、サイレント映画の音楽伴奏を行ってきた楽団。より現代の観客の感性に合わせた音楽を視野に入れながらも、ブレイルの曲をそのまま演奏すると、いまではよく知られた曲が次々と登場するので却って要らぬ意識がはたらいてしまうからよくないだろうということで、むしろ公開当時の音楽をもとに伴奏を行っているらしい(正直、僕もよく知らない曲なのでどれがどれと特定できていません)。が、Rodney Sauer(*1)によるこの解説をみると面白いことに、1915年封切当時に入手可能だった曲を選んでいると戦闘シーンの曲で適当なものがないので、1921年の再公開時のときに入手可能だった楽曲(J.S. Zamecnik, Hugo Riesenfeld, Gaston Borch, M.L. Lakeらサイレント映画の伴奏曲の定番作曲家たちのもの)へと選曲対象を広げたという。こういった場面はその後、サイレント映画伴奏としてステレオタイプのものがたくさん出版されているわけだけれど、『国民の創生』のあとでその需要が増えていったのではというのだが、どうなのだろうか。この録音がなされたときよりも、いまは資料がいろいろと発掘されているはずだから、改めてちゃんと検証したいところ。
*1 ザウアーの名前は上の解説には書かれていなかったけれど、以下より。
Mont Alto's Score for "The Birth of a Nation" - NitrateVille.com
1933年に作曲家のLouis Moreau Gottschalkの協力のもと、D.W.グリフィスが編集したバージョン
Louis F. Gottschalkの名前がGottchalkとなっている。これもBreilの楽譜をもとにしている。このバージョンについてはもっと知りたいところだけれど、目下未調査。
『イントレランス』(1916)
この作品は楽譜がフィルムの復元に貢献したと事が知られていて、まさにそのカール・ブレイルの音楽があるわけだけれども、実はわたくしこの作品の楽譜がどんな状況にあるのか、いまひとつよくわかっておりません。が、調べてみると、この大作だけに、けっこうおもしろいバージョンの音楽があるのだなと気づかされる。『気狂いピエロ』のアントワーヌ・デュアメルが関わったものさえあると知って驚いた。
シアターオルガン版
紀伊国屋書店のDVDと同じ音楽だけれども、手元にあるブレイルの楽譜と合わない。シアターオルガンらしき響きだが、ちょっとチープにも聞こえてしまう。シアターオルガンは日本の映画館で聞くことはできないわけだけれども、日本橋三越のシアターオルガンも未だ聞けていない。
日本橋三越のシアターオルガンについては、内田順子「研究ノート 日本橋三越本店におけるパイプオルガン導入について」『国立歴史民俗博物館研究報告』 (197 159-173, 2016)を参照。
https://bibliothek.univie.ac.at/sammlungen/objekt_des_monats/images/Aufsatz_UCHIDA_%20Junko_2016.pdf
Antoine Duhamel & Pierre Jansenの音楽(1985/2007)
アントワーヌ・デュアメル(『気狂いピエロ』の作曲家!)とピエールジャンセンが1985年に作ったものの2007年版。イル・ド・フランス国立管弦楽団の演奏、ジャン・ドロワイエの指揮。
Carl Davies作曲のオーケストラ伴奏(1986?)
カール・デイヴィス指揮、ルクセンブルク放送交響楽団の演奏と思われる。壮大な音楽。CDももリリースされている(Intolerance - Carl Davis Collection)。
以下は日本語字幕付きの動画。字が黄色だけれども。www.youtube.com
Joseph Turrinのピアノの伴奏音楽(2002)
Kino Internationalから発売されたもの。以下の動画はトゥリン自身のウェブサイトでもリンクされている。
映画館資料のデータベースのことなど(1):映画館プログラム
コロナウイルスの蔓延が大変な事態になっていて、今週末はひとまずひきこもり、翻訳をしたり、本を読んだりしているのだけれど、そういうなかで改めてデジタルデータベースの存在意義を強く感じている。映画館における音楽文化を考察するうえで博士論文で重要な手がかりとして扱い(『美学』で一部発表したもの)、そしてその後も調査を続けている映画館プログラムのデータベースが新たに公開されたのを知って、おお!と驚いて、メモしておかなくちゃと思って、さしあたりここのまとめた次第。
戦前の日本における映画文化を考えるための文献としては、これまで書籍、雑誌、新聞が調査されてきたけれど(そしてその分析はまだまだ汲みつくせないほどの可能性を秘めているのだけれど)、近年注目を集めているのが映画館プログラム。
「映画館プログラム」は、映画館週報とも呼ばれる、映画館で発行されていた印刷物のことをいう。戦前の映画館では複数本の映画が上映されていたので、その番組表や作品の概要、広告、さらには観客の感想投稿から批評まで様々な情報が掲載されていた。その掲載内容については映画館や時期によってもかなり異なっている。
映画館プログラムについてはつい先日、近藤和都さんの『映画館と観客のメディア論:戦前期日本の「映画を読む/書く」という経験』(2020)が刊行された。博士論文は以前から読ませてもらって、僕自身の博士論文にとっても重要な刺激をたくさんもらっていたのだけれど、本書もまた、映画館プログラムの形態の多様性や変化から、これを取り巻く文化の面白さまでが鮮やかに示されていて、まったく舌を巻く。
キーワードになっているのは「オフスクリーン」という言葉。映画音楽研究であれば「offscreen」は「画面外(かつ物語世界内)」という意味だけれども、もちろんここではそこまで限定的な意味ではない。映像そのものを見る体験(スクリーンの体験)をとりまく、プログラムや広告などをふくむ映画体験のコンテクストがどのように作られているのか、そしてそれがどのような機能を果たしてきたか、どのような機能を求められてきたのかということ。本書ではこの複数の問題が歴史的かつメディア論的に考察される。今後の映画研究・映画館研究にとって必読書になることは間違いない。ちなみに、この少し前に出版された菅原慶乃先生の『映画館のなかの近代:映画観客の上海史』(2019)もまた、関連するプログラムに関しても書かれていて、本当におもしろい。
ちなみに、音楽研究であれば、プログラム研究というのは一定の厚みがある(西洋芸術音楽における「絶対音楽」志向は、それをとりまく演奏会プログラムや楽曲解説などの言語的なメディアの発達とも相補的な関係にあった)。近藤さんの本でも示されているように、映画館プログラムも、音楽のプログラムから影響を受けて生まれたものらしい。芸術体験をとりまくメディアとの関わりによってその芸術体験がどのように構造化されるのかという問題系は映画だけでない興味のつきない問題(といっても、以下のウィリアム・ウェーバーのものなどは、必ずしもそういうテーマが主題なわけではないけれど)。
余談ながら、古い映画館については、藤森照信先生による映画館の建築についての『藤森照信のクラシック映画館』(2019)が刊行されていて、これが素敵な写真ともどもまためっぽう面白い。
映画館プログラムはもともと、映画ファンにとっては収集対象だったりもしたのだけれど、中心的な/大きな映画館以外は現存が限られていて、しかも大きな映画館でも現存は意外と限られているものも少なくない。かつて『プログラム映画史』という本でごく一部が復刻されたりもしていたけれど、近年は昨今の資料公開の波のなかで、すこしずつオンライン公開もなされ、あるいは所蔵情報が公開されるようになっている。で、このメモを作りたかった記事なのだけれど、気づいたのは以下の4種(五十音順)。
- 関西大学アジア・オープン・リサーチセンター「アジアの映画関連資料アーカイブ」
- 成田雄太さんのブログ「突如公開」
- 立命館大学国際平和ミュージアム「映画プログラム データベース」
- 早稲田大学演劇博物館「映画館プログラムデータベース」※所蔵情報のみ
資料データベースというものは、閲覧するのは簡単ながら、公開作業はものすごい手間暇がかかるので、こういった環境が作られていることは本当にすばらしい。
もっと他にもあるのかもしれないし、関連のデータベースがどこでどう公開されているのかよくわかっていないけれど、こういったかたちで、資料公開が進んでいくと映画研究もまた大きく様変わりしていくにちがいない。
ちなみに、ほかに重要なデジタル公開の拠点は国立映画アーカイブの「NFAJデジタル展示室 NFAJ Digital Gallery」。映画館の写真、映画スチル、映画ポスターが公開されている(それどころか沢村四郎五郎の脚本まで公開されている!!)。
本当は職場であれこれ公開予定のデータベースについても紹介したいところだけど、また追々。