読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

映画音楽に関するシンポジウム&ワークショップ「映画音楽とコンピュータ・テクノロジー」開催(4/29)のお知らせ

イベント 映画音楽 武満徹

今日はシンポジウム&ワークショップ開催のお知らせを。

公式ページ(コチラ)を公開しました。ワークショップの募集も受付開始です!ご興味のある方はぜひご参加ください!なお、長いあいだ曜日を誤ったまま掲載していましたが、4/29は土曜日です。以下でも訂正いたしました。(3/9) 

ワークショップの参加予約は早くも定員に達したそうです。ともあれ、午後のシンポジウム等は予約なしでお越しいただけます。奮ってご参加くださいませ。(3/11)

9月にも作曲家の栗山和樹先生と選曲家の辻田昇司さんをお呼びして音楽学会でシンポジウムをおこないましたが(コレ)、今度は、2017年4月29日(土)に――約2か月後!――栗山先生を中心として(音楽学会の支部横断企画の)ワークショップ&シンポジウムが開催されることになりました。映画音楽とコンピュータ・テクノロジーの関わり、映画音楽と音響テクノロジーの関係の現代の状況を対象とするものとなります。打ち合わせまではイメージがつかめなかったのですが、いろいろなエピソードや事情をうかがっていくと、何ともおもしろそうな企画であることに今さら気がついたというような次第です。

現代の映像音楽(映画、テレビ、コマーシャル、ヴィデオパッケージ等の音楽)では生のオーケストラの録音も打ち込み音源も使われていて、しかもこの打ち込み音源のものの精度が相当に上がっていて、時にはプロでも聞き分けられないくらいになっているようです。今回の催しの軸のひとつは、オーケストラ・サウンドになると思いますが、生演奏で演奏をして録音するということの意義はどこにあるのかとか、録音/音響テクノロジーそのものの意味合いの変化とかいうこともふくめ、思考材料が盛りだくさんになりそうです。

今回はワークショップでのデモンストレーション、作曲家の経験談、そして武満徹などでの映画音楽とテクノロジーとの関わりの歴史といったことも併せて考えながら、改めて現代の作曲家たち、殊にオーケストラ音楽を書く作曲家たちが映画音楽の仕事をしているテクノロジー環境(打ち込み音源を扱うソフトウェアのことなどふくめ)に光を当て、その問題点や可能性を考えたいと思っています。

ワークショップは会場の都合上、申し込みの方優先(多ければということですが)になりますので、ご興味のある方はぜひ!

シンポジウム、及びワークショップ
「映画音楽とコンピュータ・テクノロジー」

   f:id:SHIBATARO:20170309090305p:plain

 プログラム(題目等は仮)

ワークショップ(10:00~12:50)※事前申し込み優先。申込はコチラから。

10:00「ソフトウエア音源によるオーケストラシュミレーション」

   講師:岡崎雄二郎(作曲家)
11:00「VIENNA INSTRUMENTS ワークショップ」
   講師:江川大樹(クリプトン・フューチャー・メディア(株))

   ※VIENNA SYMPHONIC LIBRARY | SONICWIRE

12:00「映画背景音楽のトラックダウン技術」
   講師:亀川徹(東京藝術大学教授)

シンポジウム(14:00~17:00)

14:00 基調講演「アンダースコアの歴史的変遷」
   講演者:栗山和樹(東日本支部・作曲家)
14:15 パネル・ディスカッション:「映画音楽と電子機器の関係史」
   白井史人(東日本支部)「映画音楽と電子楽器」

   川崎弘二(西日本支部)「映画音楽とミュジック・コンクレート」
   柴田康太郎(東日本支部)「映画音楽と電子変調/シンセサイザー
16:00 ゲスト講演:「自己制作環境の変遷と自作品について」
   講演者:中川幸太郎(作曲家)
16:00 ディスカッション「作曲スタイルとソフト音源環境」

16:45 質疑応答

 

映画音響/映画音楽研究の基本文献リスト(2):近年の映画音楽研究

文献リスト 映画音楽

ミシェル・シオンに引きつづき、映画音響/映画音楽研究の基本文献リスト第2弾

近年の映画音楽研究

といっても最近の研究の翻訳なんて、極めて稀なのでそもそも「近年の」なんていっても、古典的なものですが。まぁ前回も同じですけど。

カリル・フリン『フェミニズムと映画音楽:ジェンダーノスタルジアユートピア』鈴木圭介訳、平凡社、1994年.

翻訳がきわめて稀ななか、シオンの『映画の音楽』以外に単著が翻訳されている唯一の本がこれ。カリル・フリンCaryl Flinnは、映画音楽研究のなかでフェミニズムを軸に研究をしているひとで、本書は彼女の最初の単著Strains of Utopia. Gender, Nostalgia, and Hollywood Film Music, Princeton. University Press, 1992の翻訳。

個人的にはあまりフェミニズム論とかにあまり関心がないのですけども・・・でも、そもそもアメリカの映画音楽研究自体が、縫合理論とかみたいなイデオロギー暴露を目指そうとする動きのなかで出てきたもので、当然といえば当然。古典のなかの一冊であることに疑う余地はない。うん。クラウディア・ゴーブマンの『聞かれない旋律』(1987)をはじめとしてそれ以前の古典的な研究を取り上げながら論じているので、日本の研究者にとってはこれ自体がちょっとしたブックガイドみたいになるかもしれない。

   

ロイヤル・S・ブラウン「ハーマン/ヒッチコック 不条理の音楽」千葉文夫訳『イメージフォーラム』1985年12月、74-82.

逆に、イデオロギー云々とかいうこと抜きに、作家論とか表現論に関心をむけている古典のひとつがロイヤル・S・ブラウンの本Overtones and Undertones: Reading Film Music(1994)といっていいだろうか。ここに挙げたのは、第6章の抄訳みたいなもの。「みたいなもの」っていう変な言い方をしているのは、翻訳元のテキストは、"Herrmann, Hitchcock, and the Music of the Irrational," Cinema Journal (1982)だから(『イメージフォーラム』が1985年のものなんだから、年代からいって当然1994年の本の翻訳ではない)。

ブラウンの分析手法には批判もなされているけども、1994年の英語の原著はサウンド映画の始まりからヌーヴェルヴァーグまでの音楽を分析していて、おもしろい事例を目配りよく扱っている。各論としてコルンゴルトの『シー・ホーク』(1940)、ロージャ・ミクローシュの『深夜の告白』(1944)、エイゼンシテインプロコフィエフ、『女と男のいる舗道』『気狂いピエロ』論が入っている。

     

アナベル・J・コーエン「映画における感情の源泉としての音楽」(初出2001年)P.N.ジュスリン、J.A.スロボダ編『音楽と感情の心理学』大串健吾、星野悦子、山田真司監訳、誠信書房、2008年。

アナベル・J・コーエンは、数々の実験を通して認知心理学のアプローチで映画音楽と観客の関係を研究をしている第一人者のひとり。そもそも「本書は、音楽と感情の結びつきについての様々な方面からの研究成果を伝える」ものだし、この論文も複数の実験=先行研究を紹介することに主眼があるのではないかと思う。2001年までに行われた実験やここまでに出てきた基本的な枠組みの整理になっていて、個人的には本全体の主題である「感情」とは関係のないところで、とても勉強になりました。

ちなみにニコラス・クックは『音楽マルチメディアの分析』(1998)[この邦訳だと年代が1988年と書かれてるけど]のなかで、1988年にコーエンがマーシャルと共著で書いた論文で書いた「調和‐連合モデル」を「メタファー・モデル」として再解釈してます。この論文でもクックの本は触れられてます。

     

基本的な紹介はこれでおしまい。なんかもっとありそうだけど。どなたかぜひお教えくださいませ。

歴史的な著作

近年の研究の翻訳が少ないので、せっかくだから歴史的なものも。次回もなんだかんだ古典も紹介することになるし。それにしても海外の文献がほぼ同時代的に紹介されていた1930年代っておもしろい時代です。もちろん輸入して翻訳することの意義が現代とちがったわけだけど、現代は却って海外の研究の紹介を積極にすべきじゃないかと思いはします。ま、そんなふうに思って、こんなリストを書いてみたりしてるわけですが。さて・・・

エルノ・ラペー『映画伴奏事典』〔松井翠声『映画音楽全般』春陽堂, 1931 〕

こっから書くのって感じもするけども、サイレント期の伴奏音楽の伴奏指南書つき楽譜事典といった類の本。Ernö Rapée, Encyclopedia of Music for Pictures, Belwin, NY, 1925.  ラペーはサイレント期のアメリカの大映画劇場のスター指揮者って言っていいと思われます。もともとは『キネマ旬報』に翻訳連載されていたもので、そのときはラペエと書かれているんだけど、書籍化したときに訳者で弁士だった松井翠声著作として発表されていて、わかりにくい。マーヴィン・クックの映画音楽の基本文献アンソロジーにも収録されている基本文献。

大傍正規さんがこの翻訳と訳注について論文「日本映画伴奏の改善から前衛へ ――無声映画期の音響実践におけるプログラム・選曲・伴奏の諸機能について 」を書かれてます。

    

セルゲイ・エイゼンシュテインエイゼンシュテイン全集 7 第2部 映画ー芸術と科学 第7巻 モンタージュ』

言わずと知れたエイゼンシュテインの「垂直のモンタージュ」論。エイゼンシュテインプロコフィエフとの協働は有名だけど、本書のなかでエイゼンシュテイン自身が『アレクサンドル・ネフスキー』の一場面について、独特の図(下)をつかって説明していることも比較的有名。なおかつ、 この図をめぐっても、アイスラー/アドルノ以来さまざまな批判・注釈があるし、折に触れて参照されるもの。 

f:id:SHIBATARO:20170129005633p:plain

        

レオニイド・サバニエフ『トオキイ音楽の理論と実際』掛下恵吉訳、赤塚書房, 1938

原著は1935年。この本もマーヴィン・クックの映画音楽の基本文献アンソロジーにも収録されてます。訳者の掛下慶吉は批評家でもあり、東宝の音楽部部長でもあったひと。1930年代はサイレントからトーキーへと移行した時期ということもあり、この時期は海外の文献の紹介がとても盛んだったわけです。かなり技術的なところから美学的なところまで入っている基本書です。レオニード・サバネーエフは最近『スクリャービン:晩年に明かされた創作秘話』(森松皓子 訳、音楽之友社、2014)も翻訳されてます。

    

クルト・ロンドン『映画音楽の美学と科学 』津川主一訳、楽苑社、1944年.

シオンの『映画の音楽』では英語読みで、カート・ロンドンと表記されてます。原著は1936年。第5篇〔第5部〕はなんと「次の世代の訓練―録音大学の設立」。訳者は日本合唱音楽の父とも呼ばれる牧師・教会音楽家(と同一人物ですよね?)で、映画音楽の作曲もしていたひと。

     

ええと、最後の方は紹介として雑ですが笑 

次回は映画音響研究。

『映画監督 小林正樹』の紹介

文献紹介 武満徹 小林正樹

今さらだけど本の紹介。小笠原清・梶山弘子編著『映画監督 小林正樹岩波書店、2016。小林正樹(1916~1996)の生誕100年(+没後20年)記念の出版。

   映画監督 小林正樹

僕も「作曲家・武満徹と録音技師・西崎英雄の協働:小林組の音作り」という文章で関わらせていただいてます。聞き書きという依頼だったので助監督から録音助手まで複数のかたにお話を伺って、それをもとにしつつ(でも参照性を高めるために最終的には印刷記事からの引用を軸にして)書いた文章。

武満徹そのひとについて大きく新しい像を提示するというようなものではないと思いますが(武満についても少しばかり強引に書いているところもありますけども)、録音技師の西崎英雄さんとの関わりに可能なかぎり光を当て、録音技師とか効果音との関わりで書かせていただきました。

この本については書きたいことはたくさんあるんですけども、また追々。

ちなみに小林正樹については、目下のところ、横浜シネマリンでも、回顧上映がおこなわれております。

cinemarine.co.jp

映画音響/映画音楽研究の基本文献リスト(1):ミシェル・シオン

文献リスト 映画音楽

以前すこし尋ねられてちゃんとまとめなきゃなと思いながら放置していたもの。海外の研究の邦訳文献中心に書いてみます。シオンだけで長くなったので、ひとまず3回分くらいに分けてかきます。というわけで第1回。このエントリも随時更新予定。[2017/01/31更新]

ミシェル・シオン Michel Chion

シオンはもともとピエール・シェフェールの音響オブジェ論に向き合いながら考察もおこない、かつミュジック・コンクレートの作家としても活動しているひと。独特の用語を作って独自の思考を進めている人でもあるので、アメリカなどの映画音響/映画音楽研究の本道とは少しちがう位置づけにあるというべきだと思う。でもこの分野の第一人者であり、またこの分野の理論的な枠組みを最初に作ったひとでもあるし、何よりとてもおもしろい。

いちばんおもしろいと思うのは主著のL'Audio-Vision(1985)だけど、これは日本語になってない。でも三部作みたいな『映画の声』『映画の音』『映画の音楽』が抄訳ふくめ日本語になっているし(本当はシリーズとしては『穴のあいたスクリーン』も含まれるので四部作?)、ジャック・タチの作家論とかもあるので、この研究領域のなかで日本語ではただひとりだけよく紹介されている。シオンの公式ページはコチラ

1. ミシェル・シオン『映画にとって音とは何か』(勁草書房、1993)

まず読むならこれ。原著はLe son au cinéma, Editions de l'Etoile, 1985. 原題は『映画における音』だけど、3部構成のうち第1、3部は「音」全般、第2部は音楽について扱っている。コンパクトに、映画と音のかかわりの面白いポイントが取り上げられてるので、入門書としても今でもおもしろいと思う。

         

 ちなみに、この翻訳で「フレーム内の音」「フレーム外の音」という訳語が広まったけども、正清健介(2014)さんが指摘するように、シオンが主に使っているのはcadreという言葉ではなくchampという言葉なので(61頁、注4)、訳語としてはすこし踏み込み過ぎともいえる。僕は「画面内の音」「画面外の音」というくらいの訳語の方がいいと考えております。

 2. ミシェル・シオン『映画の音楽』小沼純一・北村真澄監訳、伊藤制子・二本木かおり訳、みすず書房、2003。

いわゆるBGMみたいな伴奏音楽だけじゃなく、映画と音楽の関係を多角的に論じている大部の著作。題名が「映画音楽」じゃなく「映画の音楽 La musique au cinéma」「映画における音楽」というタイトルになっているところがミソなんだと、小沼純一先生が改題に書かれているけども、これは『映画にとって音とは何か』からの基本姿勢。前半は通史的な記述、後半は主題別の記述で、それぞれすごくおもしろいトピックがたくさん入っているのだけども、通史記述も自由に書かれているので、応用編という感じか。訳文の読みやすさもまちまち。

     

 3. ミシェル・シオン「消失への誘い」谷昌親訳、『季刊リュミエール』第12号, 85-90.

これは『映画の声 La voix au cinéma』(1982)の第8章の翻訳(第9章の一部は次の『ヒッチコック×ジジェク』に翻訳)。溝口健二の『雨月物語』を扱って、画面外の声について論じている。それほど面白かったという記憶はないのだけど、いまコピーがすぐ出てこないので何ともいえない。 

    

4. スラヴォイ ジジェク編『ヒッチコック×ジジェク』鈴木 晶・内田樹訳、河出書房新社 2005。

あんまり検索ではヒットしないけども、本書には以下の3本のシオンのヒッチコック論が収録されている。

「第四の側面」は『裏窓』論、「運命の暗号」は『バルカン超特急』論、「身体を持つことの不可能性」は『サイコ』論。 

     

5. 『ジャック・タチ映画の研究ノート』武者小路実昭・武者小路真理恵訳、愛育社 、2003。

カイエ・デュ・シネマ」で映画批評にかかわってきたシオンによるジャック・タチ論。少なくともこの著作はとくべつ映画音楽や映画音響にかんする著作というわけではない。でももちろんタチが対象なのだから、音にかんする言及は随所にみられる。もっとも、この著作には個人的にはまだきちんと向き合っていないので、追々また追記します。

     

6.  ミシェル・シオン+小沼純一「現実/虚構、音/音楽」『月刊 みすず』第581号、2010年4月号。

来日時の小沼純一先生との対談。小さなおもしろい論点は出ているけども、短い時間のものなのでそれぞれさほど掘り下げられてはいない。そもそも『千と千尋の神隠し』についてちょこっとシオンが言及して、小沼先生がもうすこし聞き出そうとしても、シオンはあまり細かな話はしていない。

7. 電子音響音楽に関するいくつかの記述:ジャン・イヴ・ボスール『現代音楽を読み解く88のキーワード』栗原詩子訳、音楽之友社、2008.

短い引用だけども、日本語で「アクースマティック」「還元的聴取」「具体音楽」「音響オブジェ」についての彼の言葉が収録されているのは貴重? ちなみにシオンの電子音響音楽についての論考はフランス語の6冊が無償公開されているほか、英語版で無償公開されているものもある。 

    

 

二次文献

    

 追記 ちなみに、ミシェル・シオンの主著だと上にも書いたL'Audio-Vision(1985)の「3つの聴取のモード」はジョナサン・スターン編による『サウンド・スタディーズ・リーダー』にも収録されてます。

     

「無声期の時代劇映画と和洋合奏――ヒラノ・コレクションの時代劇伴奏曲集 」 の開催

イベント 映画音楽

いよいよ今週末!(更新17/1/4)

 

f:id:SHIBATARO:20161224235744j:plain

 早稲田大学演劇博物館所蔵の貴重な楽譜資料「ヒラノ・コレクション」関係の催しとしては3度目となる今回は、研究会のメンバーが伴奏譜ライブラリーからあらためて曲を選び、当時の編成で和洋合奏を試みます。

今回上映する映画は、昨年の『軍神橘中佐』や『実録忠臣蔵』とちがって、「ヒラノ・コレクション」の資料に作品名があるわけではないものですが、牧さんのご協力を得てきわめて貴重な2本の映画を上映できることになりみあした。一緒に演奏される「ヒラノ・コレクション」の楽譜がどんな可能性を開くのかとても楽しみです。

弁士は、先日の歌舞伎座公演も話題になった片岡一郎さん。演奏は、カラード・モノトーンの湯浅ジョウイチさんに指揮をお願いし、izumiさん、川上統さん、丹原要さん、古橋ゆきさん、そして宮澤やすみさんにお願いしました。楽しみというほかありません。しかも無料!

お時間ある方はぜひお越しください。

早稲田大学演劇映像学連携研究拠点 公募研究  成果報告会 

無声期の時代劇映画と和洋合奏 

ヒラノ・コレクションの時代劇伴奏曲集 

プログラム

第1部 時代劇伴奏曲と作曲家:松平信博、佐々紅華(13:30-14:45)

  • 歌舞伎の古典邦楽曲、松平信博・佐々紅華それぞれによる1920年代の時代劇用伴奏曲の聞き比べ!
  • 参考上映 『血煙高田馬場』 (伊藤大輔、日活、1928年)

第2部 「ヒラノ・コレクション」と現代の映画伴奏(15:05-17:00)

  • ヒラノ・コレクションの伴奏譜から選曲した古い伴奏曲とカラード・モノトーンの演奏の聞き比べ! 
  • 参考上映 『一殺多生剣』 (伊藤大輔、右太プロ、1929年)

弁士  片岡一郎

演奏  izumi(flute)、川上統(cello)、丹原要(piano)、古橋ゆき(violin)、宮澤やすみ(shamisen)、湯浅ジョウイチ(guitar, conductor)

 主催 早稲田大学演劇博物館演劇映像学連携研究拠点 公募研究「楽譜資料を中心とした無声期の映画館と音楽の研究」、協力・映像提供:牧由尚

 f:id:SHIBATARO:20161224235748j:plain

 

過去のイベント

2015.02 研究報告会

2015.09 日本音楽学会支部横断企画公開研究会

2016.02 早稲田大学演劇博物館 演劇映像学連携研究拠点公募研究 成果報告会 「無声期の映画館と音楽 日活関連楽譜資料「ヒラノ・コレクション」から考える」

門司港にて

シンポジウムがひとまず無事に終わり、この週末は福岡県の門司港へ。

f:id:SHIBATARO:20161018232951j:plain

もともと近いうちに松永文庫に資料調査にいくつもりはあったのだけど、「地域文化としての映画」というとても気になるシンポジウムがあったのが、この週末にいった理由。

シンポジウムは 真鍋昌先生を司会として、パネリストに凪恵美さん、上田学さん、岡田秀則さん、倉本昭さんが登壇。2013年に松永文庫へくわわった中村上コレクションという、とんでもなく貴重な、研究者的にはテンション上がりまくる資料をめぐって、各パネリストが、的確にかつ多角的にこのコレクションの意義に光を当てていた。非常に勉強になった。

それにしても驚いたことが二つ。まず、シンポジウムに来ていた来場者の多さ。びっくりするほど多くの方が来場していた。こういった場を起点に各地域でいろいろな活動が広がっていくと素晴らしいなぁと勝手に期待する。しかしもう一つはこの松永文庫のスタッフの少なさ。この膨大な資料の整理と管理をなんとお2人でなされているとのこと。しかも「休館日:年4回」って!!でもそんななか、非常に丁寧にぼくのような研究者に丁寧に的確に資料を見せてくださり、たいへん有意義な時間を過ごさせていただきました。お世話になりました!!

f:id:SHIBATARO:20161018233001j:plain

日本音楽学会東日本支部でのシンポジウム開催【2016年10月8日(土)】

イベント 映画音楽

10月8日(土)に日本音楽学会の東日本支部例会でシンポジウムを開催します。いろいろと近い領域の催しが重なった日ですが、ぜひお越しください。入場無料、予約等不要です。

(2016/10/03更新)開始時間を5分早めました。

 

 

f:id:SHIBATARO:20161003105507j:plain

 

f:id:SHIBATARO:20160922113131j:plain

日本音楽学会東日本支部 第41回定例研究会 

日時:2016年10月8日(土)

  研究会開始:13:30(研究発表 13:35-13:15)

  シンポジウム開始:14:25(~18:00)

場所:東京藝術大学音楽学部 5号館109 

シンポジウム

映像の音楽演出と「選曲」 ―映画とテレビ―

パネリスト:

 柴田康太郎(兼コーディネーター、東京大学大学院)
  「日本映画における選曲―サイレントからトーキーへ」
 白井史人(早稲田大学演劇博物館)
  「ドイツにおける無声映画の音楽―ハンドブック、選曲、作曲」
 栗山和樹国立音楽大学、ゲスト)
  「映像音楽の現在―作曲家からの視点」
 辻田昇司(ゲスト)
  「映像音楽の現在―選曲家からの視点」

共催:早稲田大学 演劇映像学連携研究拠点 

 

開催趣旨

開催趣旨

 映像音楽の歴史、とくにその20世紀前半の歴史は、作品ごとの新作オリジナル曲が一般化する過程として、あるいは映像音楽の作曲家の仕事が次第に芸術表現として認められるようになる過程として語られることが多い。最も顕著なのはサイレントからトーキーへの移行期である。1920年代までのサイレント映画の音楽演出では既成曲からの、あるいは伴奏曲ライブラリーからの「選曲」が基本であったのに対し、1930年代になるとサウンド映画(トーキー映画)が広まってオリジナル曲の「作曲」が一般化し、多くの作曲家が作品に合わせて曲を書くようになったからである。それから現代までに至るまで、数々の作曲家が多様な音楽演出を試み、映画やテレビの仕事で名を馳せてきたことは周知のとおりである。
 もっとも、既成曲を使った「選曲」による映像演出は、サウンド映画の一般化した後もさまざまに試みられ続けてきた。しかも選曲は、現在の映像をとりまく製作環境のなかできわめて重要な領域を占めるようになっている。作曲家が作品の演出プランを考えて作曲をすること以上に「選曲家」が重要な役割を担う局面が増えているという。選曲家が映像演出用のBGMライブラリーを使って選曲を行い、足りない部分だけを作曲家に任せることもあるようだ。もちろん、こうしたBGMライブラリーの使用と選曲の実践はテレビや記録映画などでは長いあいだ使われ続けてきたが、現代の映像音楽と選曲の関係は看過できないものとなっているのである。
 他方「選曲」は現在、歴史研究においても興味ぶかい領域となっている。もちろん、現代のサイレント映画の伴奏音楽家たちのなかにも、過去の伴奏譜を使用したり、それを踏まえて演奏をおこなう者たちはいるが、日本の場合、かつての伴奏譜ライブラリーは現存がなく、歴史的な実態はそもそも分からない状況にあった。そんななか、2014年になって初めて早稲田大学演劇博物館へ昭和初期の日本の映画館で使用されていた楽譜(「ヒラノ・コレクション」)が収蔵され、その一端を窺い知ることができるようになり、日本でも過去の伴奏譜ライブラリーを使用し、改めて「選曲」を通して歴史的蘇演を試みる可能性が開かれつつある。
 本シンポジウムでは、映像と音楽の関係、また選曲のあり方が多様なかたちで問題になる現代にあって、改めて研究者(柴田康太郎、白井史人)、作曲家(栗山和樹、ゲスト)、選曲家(辻田昇司、ゲスト)が集い、映像音楽と「選曲」の関係をめぐり多角的な議論を試みる。サイレント映画からテレビなど多様な映像にとって「選曲」がもつ可能性と限界を問い直す機会としたい。