『映画監督 小林正樹』の紹介
今さらだけど本の紹介。小笠原清・梶山弘子編著『映画監督 小林正樹』岩波書店、2016。小林正樹(1916~1996)の生誕100年(+没後20年)記念の出版。
僕も「作曲家・武満徹と録音技師・西崎英雄の協働:小林組の音作り」という文章で関わらせていただいてます。聞き書きという依頼だったので助監督から録音助手まで複数のかたにお話を伺って、それをもとにしつつ(でも参照性を高めるために最終的には印刷記事からの引用を軸にして)書いた文章。
武満徹そのひとについて大きく新しい像を提示するというようなものではないと思いますが(武満についても少しばかり強引に書いているところもありますけども)、録音技師の西崎英雄さんとの関わりに可能なかぎり光を当て、録音技師とか効果音との関わりで書かせていただきました。
この本については書きたいことはたくさんあるんですけども、また追々。
ちなみに小林正樹については、目下のところ、横浜シネマリンでも、回顧上映がおこなわれております。
映画音響/映画音楽研究の基本文献リスト(1):ミシェル・シオン
以前すこし尋ねられてちゃんとまとめなきゃなと思いながら放置していたもの。海外の研究の邦訳文献中心に書いてみます。シオンだけで長くなったので、ひとまず3回分くらいに分けてかきます。というわけで第1回。このエントリも随時更新予定。[2019/04/18 『栄華にとって音とは何か』目次部 更新]
ミシェル・シオン Michel Chion
シオンはミュジック・コンクレートの作家としても活動しながら、理論的考察を多岐にわたり行なっているひと。著作は多岐にわたり、ピエール・シェフェールの音響オブジェ論に関する著作や音楽の表題性をめぐる著作もあるが、何より重要なのは、やはり映画の音響に関する先駆的かつ重要な数々の著作だろう。独特の用語を作って独自の思考を進めている人なので、アメリカなどの映画音響/映画音楽研究の本道とも少し異なる位置づけにあるようにも思うけれども、アメリカの映画音響に関するアンソロジーでも当然収録されている当該分野の第一人者。何より、とてもおもしろい。
いちばんおもしろいと思うのは主著のL'Audio-Vision(1985)。でもこれは日本語になっていない。とはいえ、三部作みたいな『映画の声』『映画の音』『映画の音楽』が抄訳ふくめ日本語になっているし(本当はシリーズとしては『穴のあいたスクリーン』も含まれるので四部作?)、ジャック・タチの作家論とかもあるので、この研究領域のなかでは、日本語ではただひとりだけよく紹介されている。シオンの公式ページはコチラ
1. ミシェル・シオン『映画にとって音とは何か』(勁草書房、1993)
まず読むならこれ。原著はLe son au cinéma, Editions de l'Etoile, 1985. 原題は『映画における音』だけど、3部構成のうち第1、3部が「音」全般、第2部は「音楽」を扱っている。コンパクトに映画と音の関係について面白いポイントが取り上げられてるので、入門書として今でもおもしろいと思う。
ちなみに、この翻訳で「フレーム内の音」「フレーム外の音」という訳語が広まったけども、正清健介(2014)さんが指摘するように、シオンが主に使っているのはcadreという言葉ではなくchampという言葉なので(61頁、注4)、訳語としてはすこし踏み込み過ぎかなとも思う。僕は「画面内の音」「画面外の音」というくらいの訳語の方がいいと考えております。
目次
第1部 自分の在処を探すもの
1 牛とその啼き声
2 三つの境界
3 聴取点
4 現実の時間、実際の空間、生の音
5 サウンド・トラックと縁を切る(切らない)ために
第2部 映画の音楽
6 映画音楽、映画の音楽
1 ギルド主義的偏向/2 発見不可能なジャンル/3 暗闇の中で口笛を吹いてみると/4 謙遜の規則と自律の主張
7 取りすました美女
1 感情の相互作用/2 非感情移入の王国/3 オルゴールは何を言いたいのか/4 コンサートにおける銃の一撃/5 ライトモチーフの栄華と衰退/6 運命の数字
8 場所の場所
1 時間/空間装置/2 誰が為にラッパは鳴る/3 寄る辺なき音楽/4 オーケストラ・ピットとスクリーンの戯れ/5 第三のテーマ
9 音楽を撮る
第3部 音の演出
10 フランス映画における音の改善のためのささやかな提案
訳者解説
参考文献概観
映画索引
2. ミシェル・シオン『映画の音楽』小沼純一・北村真澄監訳、伊藤制子・二本木かおり訳、みすず書房、2003。
いわゆるBGMみたいな伴奏音楽だけじゃなく、映画と音楽の関係を多角的に論じている大部の著作。題名が「映画音楽」じゃなく「映画の音楽 La musique au cinéma」「映画における音楽」というタイトルになっているところがミソなんだと、小沼純一先生が改題に書かれている。これはシオンにとっても『映画にとって音とは何か』から続く基本姿勢。前半は通史的な記述、後半は主題別の記述で、それぞれすごくおもしろいトピックがたくさん入っているのだけども、通史記述も自由に書かれているので、応用編という感じか。訳文の読みやすさもまちまち。
3. ミシェル・シオン「消失への誘い」谷昌親訳、『季刊リュミエール』第12号, 85-90.
これは『映画の声 La voix au cinéma』(1982)の第8章の翻訳(第9章の一部は次の『ヒッチコック×ジジェク』に翻訳あり)。溝口健二の『雨月物語』を扱って、画面外の声について論じている。それほど面白かったという記憶はないのだけど、いまコピーがすぐ出てこないので何ともいえない。
4. スラヴォイ ジジェク編『ヒッチコック×ジジェク』鈴木 晶・内田樹訳、河出書房新社 2005。
あんまり検索ではヒットしないけども、以下の3本のシオンのヒッチコック論が収録されている。
- 「第四の側面」初出は『カイエ・デュ・シネマ』第356号(1984年2月)
- 「運命の暗号」初出は『カイエ・デュ・シネマ』第358号(1984年4月)
- 「身体を持つことの不可能性」後に『映画の声』第9章の一部に(1984)
「第四の側面」は『裏窓』論、「運命の暗号」は『バルカン超特急』論、「身体を持つことの不可能性」は『サイコ』論。
5. 『ジャック・タチ映画の研究ノート』武者小路実昭・武者小路真理恵訳、愛育社 、2003。
「カイエ・デュ・シネマ」で映画批評にかかわってきたシオンによるジャック・タチ論。少なくともこの著作はとくべつ映画音楽や映画音響にかんする著作というわけではない。でももちろんタチが対象なのだから、音にかんする言及は随所にみられる。もっとも、この著作には個人的にはまだきちんと向き合っていないので、追々また追記します。
6. ミシェル・シオン+小沼純一「現実/虚構、音/音楽」『月刊 みすず』第581号、2010年4月号。
来日時の小沼純一先生との対談。小さなおもしろい論点は出ているけども、短い時間のものなのでそれぞれさほど掘り下げられてはいない。そもそも『千と千尋の神隠し』についてちょこっとシオンが言及して、小沼先生がもうすこし聞き出そうとしても、シオンはあまり細かな話はしていない。
7. 電子音響音楽に関するいくつかの記述:ジャン・イヴ・ボスール『現代音楽を読み解く88のキーワード』栗原詩子訳、音楽之友社、2008.
短い引用だけども、日本語で「アクースマティック」「還元的聴取」「具体音楽」「音響オブジェ」についての彼の言葉が収録されているのは貴重? ちなみにシオンの電子音響音楽についての論考はフランス語の6冊が無償公開されているほか、英語版で無償公開されているものもある。
二次文献
- 越智朝芳 2015 「ミシェル・シオンによる映画の音声/声をめぐる概念の再考―映画『二〇〇一年宇宙の旅』の分析を通して」『Core Ethics』Vol. 11(2015)
- 正清健介 2014「 小津安二郎『秋日和』におけるピアノ練習曲. ―― その音響設計」『映画研究』Vo. 9(2014)
追記 ちなみに、ミシェル・シオンの主著だと上にも書いたL'Audio-Vision(1985)の「3つの聴取のモード」はジョナサン・スターン編による『サウンド・スタディーズ・リーダー』にも収録されてます。
「無声期の時代劇映画と和洋合奏――ヒラノ・コレクションの時代劇伴奏曲集 」 の開催
いよいよ今週末!(更新17/1/4)
早稲田大学演劇博物館所蔵の貴重な楽譜資料「ヒラノ・コレクション」関係の催しとしては3度目となる今回は、研究会のメンバーが伴奏譜ライブラリーからあらためて曲を選び、当時の編成で和洋合奏を試みます。
今回上映する映画は、昨年の『軍神橘中佐』や『実録忠臣蔵』とちがって、「ヒラノ・コレクション」の資料に作品名があるわけではないものですが、牧さんのご協力を得てきわめて貴重な2本の映画を上映できることになりみあした。一緒に演奏される「ヒラノ・コレクション」の楽譜がどんな可能性を開くのかとても楽しみです。
弁士は、先日の歌舞伎座公演も話題になった片岡一郎さん。演奏は、カラード・モノトーンの湯浅ジョウイチさんに指揮をお願いし、izumiさん、川上統さん、丹原要さん、古橋ゆきさん、そして宮澤やすみさんにお願いしました。楽しみというほかありません。しかも無料!
お時間ある方はぜひお越しください。
早稲田大学演劇映像学連携研究拠点 公募研究 成果報告会
無声期の時代劇映画と和洋合奏
ヒラノ・コレクションの時代劇伴奏曲集
プログラム
第1部 時代劇伴奏曲と作曲家:松平信博、佐々紅華(13:30-14:45)
第2部 「ヒラノ・コレクション」と現代の映画伴奏(15:05-17:00)
- ヒラノ・コレクションの伴奏譜から選曲した古い伴奏曲とカラード・モノトーンの演奏の聞き比べ!
- 参考上映 『一殺多生剣』 (伊藤大輔、右太プロ、1929年)
弁士 片岡一郎
演奏 izumi(flute)、川上統(cello)、丹原要(piano)、古橋ゆき(violin)、宮澤やすみ(shamisen)、湯浅ジョウイチ(guitar, conductor)
主催 早稲田大学演劇博物館演劇映像学連携研究拠点 公募研究「楽譜資料を中心とした無声期の映画館と音楽の研究」、協力・映像提供:牧由尚
過去のイベント
2015.02 研究報告会
2015.09 日本音楽学会支部横断企画公開研究会
2016.02 早稲田大学演劇博物館 演劇映像学連携研究拠点公募研究 成果報告会 「無声期の映画館と音楽 日活関連楽譜資料「ヒラノ・コレクション」から考える」